大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和22年(エ)46号 判決

原告 淵上三蔵

被告 通商産業大臣

一、主  文

原告の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「原告がした特許第一〇〇八六八号緯糸併列裝置の特許権存続期間延長出願に対して、被告(当時の商工大臣水谷長三郎)が昭和二十二年十月十六日與えた延長を許可しない旨の決定は、これを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

原告は特許第一〇〇八六八号緯糸併列裝置の特許権をもつている。この特許権の出願の日は昭和七年八月二十三日、出願公告の日は同年十月二十二日、特許の日は昭和八年五月三日であり、從つて特許権の存続期間は右出願公告の日から十五年即ち昭和二十二年十月二十二日までであつた。

ところで原告がこの特許権を得た後、この特許発明が漸く世人に認められ、利用され始めようとした頃から、日華事変が始まりつづいて大平洋戰爭へと移行したために、この発明品を製作するに必要な資材が欠乏してきて、生産は著しく阻害された上に、発明品に対する需要もまた当時の社会状勢上必然的に減少したので、原告は、この特許によつて殆ど利益をあげることができなかつた。即ち、原告はこの発明品を、昭和七年から昭和二十二年四月までに、一組金十五円のもの七百六十五組、一組金十円のものを四百組、昭和二十二年五月から昭和二十三年二月までに、一組金五百円のものを五十五組販賣し得たにとどまり、総收入は金四万二千九百七十五円にすぎなかつた。しかも右期間中原告が本件特許に関して支出した額は、発明品の製作材料費、工賃、特許出願費、特許料、研究費及び雜費を加えて合計金三万六千二百二十五円に達するのであるから、原告は十五年間に僅かに六千七百五十円の利益を得たにすぎないのである。かかる事情は、特許法施行令第一條にいわゆる正当な事由により相当の利益を得ることができなかつた場合に当るものであり、かつ本件特許は後記のように重要な発明に当るのである。

そこで、原告は昭和二十二年四月十一日附で当時の商工大臣石井光次郎に対し、本件特許権の存続期間を十年延長してもらいたいと出願した。しかるに被告(当時の商工大臣水谷長三郎)は、原告の右申請に対して、同年十月十六日附で、「本件特許発明と同一の目的のもの(特許第九七六一三号)が他にも発明されており、これに比べて本件特許発明が格別優秀なるものとは認め難いのみならず、特許第九七六一三号も今尚廣く実用に供されている実状からみて、本件特許発明を重要な発明と認めることはできない。」という理由で、特許権存続期間の延長を許可しない旨の決定をした。

しかしながら、本件特許発明は、類似の他の発明に比して次のような長所をもつている。断片織機(短い断片を緯糸として使用する織機)を手動式から動力式に発達させるためには、藺とか藁のような太さの異なる短片の緯糸を一本ずつ摘取して、開口の都度経糸の條列間に供給する裝置が考案されなければならなかつた。被告の引用する特許発明も本件特許発明もともにかかる裝置を案出したものである。そして引用特許発明は狹搾空隙内に落下する緯條を側面から圧打する打片を設け、この打片と関係的に緯條と直角的に進退し又傾斜しうる針杆を備え、この針杆が傾斜した給緯休止の状態では打片のみ單独に叩打作用をなさしめるようにした裝置である。これに対して本件特許発明は、緯條を架入させる狹搾状開口部に対し、下端を不動部に結着し上端を上下動する移動部に連結させた螺状彈線を裝置し、螺状彈線の伸張によつて開口部における緯條を單一列となすとともに、各緯條を個々に機械的に分離させて併列させようとする裝置である。

この両裝置を比較すると、

(一)  被告引用の特許発明は、狹搾空隙内に沿い落下する緯條を側面から叩打作用によつて緯條の混乱を捌き、一並びの状態を保たしめようとするものであるから、藺條の如く莖條の表面が滑かな單一緯莖のものには適するが、藁條の如く袴を有し引かかりのある莖條には殆どその作用をなさないのに対し、本件特許発明は狹搾空隙内に沿い落下する緯條を狹搾空隙部に設けられた螺状彈線の伸張によつて落下する各緯條の間隔を廣めて單一列に並列させようとするものであるから、藺條を使用する場合でも、藁條を使用する場合でも、少しも変ることなくその効果を発揮する。

(二)  被告引用の特許発明は、緯條を側面より叩打し、その打面に沿い一並びに整列させて下方の空隙狹搾部内に導入させるのであるから、藺條の中でも中国地方(主として岡山縣)に産出し、疊表の製造に適する硬質にして比較的莖の太いものは、叩打作用によつても変形することなく分離させられるが、九州地方に産出する主として花莚の製造に適する軟質にして莖の比較的細いものは、叩打作用によつて円形の藺條が扁平に変形し、集結重複して二重取りを生じ、製品の質を低下させる欠点がある。又藺條は同一地方産のものでも、その太さは一定でないから、單一藺條を過誤なく取出すためには、狹搾状導溝の廣さを最小の藺條の通過に適するように狹くしておかなければならず、從つて太い藺條の通過が困難となり、導溝を塞いで次にくる藺條の落下を妨げ、製品の質が不良となる。これに対して本件特許発明は叩打作用を利用せず、螺状彈線の伸張に伴い各藺條の分離を図るのであるから、右のような欠点をもたず、いかなる藺條を用いても良質の製品を産出することができる。

(三)  本件特許発明は、被告引用の特許発明に比べて著しく構造が簡單であるから、それを製作するに要する資材を節約することができる。

(四)  戰時以來の我国の食糧増産計画の反面、疊表の原料である藺、七島藺の生産が著しく減少している上に、戰災によつて燒失した家屋の急速なる復興を必要とし、甚だしく不足している疊を急速に作らなければならない現状において、最近は山野に繁茂するチガヤ製の疊が盛に製造されるようになつた。チガヤは莖の太さに大小のあることは藺より一層甚だしいから、チガヤ製の疊を製造するには、前記(一)(二)の理由で、本件特許発明が極めて秀れた能力を発揮する。又荷造用、敷物用としての藁莚の需要も今日急速に増大しており、かかる藁莚の製造に当つては被告引用の特許発明によると、藁條が中空であるため側面からの叩打作用で扁平となるが、本件特許発明によれば、その弊がない。

以上のように、本件特許発明は、類似の他の発明に比べて、技術的に極めて秀れた発明であるばかりでなく、現下の我国の経済事情のもとで甚だ有益な発明であるから、特許法施行令第一條にいう「重要な発明」といわなければならない。

從つて被告が本件特許発明をもつて、重要な発明でないとして、原告のした前記特許権存続期間延長出願に対して延長を許可しない決定をしたのは違法であるから、取消されなければならない。

かように述べた。そして被告の答弁に対しては、次のように述べた。

(一)  被告は特許権存続期間満了前に、延長許可がなければ特許権は存続期間の満了を以て当然に消滅し、爾後いかなる方法によつても消滅した特許権を復活せしめることができないと主張するが、特許法施行令の定めによる適法な存続期間延長申請がなされたときは、存続期間が経過しても申請に対する決定が確定するまでは、特許権は不確定の状態にあるものといわなければならない。しからずして被告主張のごとく解すれば、被告の故意又は怠慢によつて延長申請に対する決定が存続期間満了前になされなかつた場合には、申請人は不当に不利益を受けることになるのである。かような考え方は正しいとはいえない。

(二)  被告は特許権存続期間延長申請に対する決定は、被告の自由裁量による処分であつて、裁判所の裁判権に服しないと主張するが、かかる主張は、次の理由から誤であつて、採用することができない。

(イ)  法が特許権存続期間延長の制度を認めた趣旨は、国家又は国民に対して貢献するところ大なる発明であるにも拘わらず、その存続期間内に正当な理由から相当の利益をあげることができなかつた場合に、相当の利益を收めるに足りると考えられる期間だけその存続期間を延長し、以て発明者に酬ゆるとともに発明の保護奬励を図ろうとするにある。從つて被告が延長を許可すべき例としてあげている、社会水準を拔いた高い技術に属するため、世人には猫に小判で利用できないというような発明は、今日の工業技術の社会的水準からいつて殆どあり得ないところであるし、仮りにあつたとしてもそのような特許を一般に公開しても競爭者の出る可能性はなく、発明者の発明品の利用に影響を與えることはないのであるから、かような発明については特許権の存続期間を延長すべきではなく、反対に、特許権を存続期間満了によつて消滅さすときには直ちに競爭者が出現するおそれが多分にあり、競爭者が出現すれば從來未だ相当の利益をあげ得なかつた特許権者は遂にその発明を利用して利益をあげる機会を失うに至るというような場合にのみ、存続期間の延長を許可しなければばならないのである。

しかして被告が特許制度の根本趣旨に関して述べていることは、そのまま存続期間延長制度に関しても妥当するところである。即ち延長制度もまた一方では行政廳を拘束し特許権存続期間を濫りに延長することを防止し、以て一般国民の利益を保護するとともに、他方において特定の要件を具備する特許権者に対しては、その申請にもとずき法の定める範囲内で特許権の存続期間延長を認めて保護を與えようとするものである。それ故特許権を求める申請に対する処分と、存続期間の延長を求める申請に対する処分とを区別して前者を覊束的な処分とし、後者を自由裁量的な処分と解する考え方は不当である。

(ロ)  特許法第四十三條第五項は、特許権の存続期間延長について「政令ノ定ムル所ニ依リ三年以上十年以下之ヲ延長スルコトヲ得」と規定している。かかる規定の仕方は、特許権者に特許権の存続期間の延長を求める権利を付與したものと解しなければならない。そして法はかかる特許権者の権利の行使に当つての條件及び手続を政令に委任し、司法施行令がこの委任にもとずいて、一面存続期間の延長を求める者の側の條件及び手続を規定するとともに、他面延長申請を審査し、可否の決定をすべき行政廳を定め、かつその行政廳が処分をするに当つての基準及び手続を規定しているのである。即ち同令第一條は、「重要な発明の特許権者」であり、「特許権存続期間内に正当な事由から相当の利益をあげ得なかつた」者は、延長を求めることができると規定するとともに、他面「重要な発明の特許権者」であつて「特許権の存続期間内に正当の事由から相当の利益をあげ得なかつた」者に対しては、被告は特許権の存続期間の延長を許可してやらなければならないと命じているのである。

同條が「重要ナ発明ノ特許権者ハ……延長ヲ出願スルコトヲ得」と規定し「……延長ヲ受クルコトヲ得」と規定しなかつたのは、特許法第四十三條第五項ですでに特許権者に延長を受ける権利を認めているから、重複して権利を認める趣旨を示さなかつただけのことである。

被告は、特許法施行令第一條の前記要件のうち「重要な発明」とは、産業行政上の價値判断を必要とする行政技術的概念であるというが、これは「公益上必要な発明」(特許法第十五條第一項第四十條第一項)と「重要な発明」とを混同しているのである。「重要な発明」とは学問(技術)的に優秀な発明であるか、又は経済的に價値が特に多大である発明をいうのであつて、その発明自体に内在する價値を他の同種の発明がもつている價値と比較することによつて得られる事実認定の領域に属する概念である。

從つて、「正当の事由により相当の利益を得られなかつた」という要件と等しく、裁判所の判断に服すべきである。

なお被告は、右二要件を具備する延長出願についても、被告は世人の一般利益と発明奬励の重要性とを衡量し、産業振興という国家行政上の立場から自由な判断によつて延長の許否を決定することができる。と主張するが、しかりとすれば、前記施行令第一條が嚴格な要件を規定したことは無意味となるばかりでなく、同令の規定する要件以外に、法によらない別個の要件を創設するものであつて、不当越権な考え方といわなければならない。

從つて特許権存続期間延長出願に対する被告の処分は施行令第一條の定める要件に拘束されるものであつて自由裁量的な処分ではない。「重要な発明」であるか否かの判断を誤つた被告の本件決定は、違法であつて取消を免れない。

かように述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、まず「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(一)  特許法施行令第二條は、特許権存続期間延長の出願は、存続期間満了前六カ月乃至一年内においてのみすることができると、規定している。この規定の趣旨は、特許権はその存続期間が満了すれば当然に死滅し、その後はいかにしても回復させることができないから、満了のときから相当前に延長出願をさせ、延長を許可すべきときは満了前に決定させようというのにある。それ故適法な延長出願があつても、存続期間満了前に許可決定がなければ特許権は満了時に消滅し、もはや救済の道はない。從つて又延長不許可決定に対して裁判所への出訴が許されるとして、裁判所の判決で不許可決定が取消されても、既に存続期間が経過しておれば、一旦消滅した特許権を復活させることはできないのである。本件特許権が既にその存続期間を満了したことは明らかであるから、原告は本訴で被告の本件決定を取消す判決を得ても何らの実益はなく、原告は本訴について正当の利益をもつていない。よつて本訴は不適法である。

(二)  特許権存続期間延長出願に対する被告の決定は、行政廳の自由裁量に属する処分である。即ち、

(イ)  特許制度の根本趣旨は、一方において行政権を拘束して特許権を濫りに設定することを防止し、以て一般国民の利益を保護するとともに、他方新規な発明をしたものに法の定める範囲で独占権を與え、もつて発明者を保護し併せて発明を奬励しかつ産業技術の進歩向上を図ることにある。それ故、特許制度に関する法的取扱は、発明権という強力な私法上の財産権形成に関する面と、国家の産業状勢に即應した技術行政上の面とが、相重なつて併存する。

特許法は前者については、その司法的性質上、行政権からある程度分離させ、審査官及び審査員の審査に委ね、かつ裁判所の救済方法を認めるに対し、後者については專ら国家の産業政策上の見地に立つて、行政廳をして事を取扱わせている。特許権存続期間延長制度はその性質上後者に属するものである。蓋し特許権に確定期間を設けたのは、いかなる発明でも一定年月の経過によつてその新規であつた知識、技術は社会的知識に変じてくるから、更にその利用について独占を継続させるときは、一般社会は不当にその一般化された知識、技術の利用を妨げられることになるので、寧ろ特許権を開放して廣く社会の共通財産たらしめた方が社会の便宜と技術の改善進歩に役立つという理由によるものである。そしてかかる確定期間に対して法が例外として期間の延長を認めたのは、性質、應用等異る諸種の発明に対して画一的な期間で規律すると、時に発明者に対してその発明品を利用する機会を失はしめる場合がありうるからである。例えば、当該発明が著しく進歩しており、社会的技術水準を遙かに超えていて、社会にとつては猫に小判であるため社会からその発明を認められるまでに長期を要し特許権の実施、活用に至らないうちに存続期間が満了するというような場合である。かかる場合にも法定期間の満了によつてその特許権を消滅させることは、発明者に対して甚だしく酷であり、却て秀れた発明に対する意欲を喪失させ、発明奬励という産業政策の上からみて好ましくない結果を招くことになる。そこで法は行政廳に対し国家行政、産業行政上の見地に立つて発明の社会経済的價値、特許権者の保護を通じての発明奬励及び一般社会の利益を比較衡量させた上で、存続期間の延長許否を決定させることにしたのである。從つて特許権の存続期間延長出願に対する処分は、国家行政の立場から行政廳が自由に決定することができるところの自由裁量処分といわなければならない。

(ロ)  国民の権利は、国会の制定する法律によつてのみ設定、変更消滅せしめうるのであつて、命令に委任しうるのは権利の設定変更、消滅に関する「手続事項」のみである。特許法はその第一條で、「新規ナル工業的発明ヲ爲シタル者ハ其ノ発明ニツキ特許ヲ受クルコトヲ得」と規定し、明白に発明者に対して特許を受ける権利を設定しているのに対し、特許権存続期間の延長に関しては、第四十三條第五項でただ「特許権ノ存続期間ハ政令ノ定ムル所ニ依リ三年以上十年以下之ヲ延長スルコトヲ得」と規定し、特許権者に対し存続期間の延長を求める権利を與えていない。仮りに法律による委任がある場合には命令で国民の権利の設定を規定しうるとしても、特許法の委任にもとずく同法施行令第一條は「重要ナル発明ノ特許権者ハ其ノ存続期間ノ延長ヲ出願スルコトヲ得」と規定しているのみで「存続期間ノ延長ヲ求ムルコトヲ得」とは規定していないから、法は特許権者に対して特許権存続期間の延長を求める権利を與えていないと考えなければならない。施行令第一條が、特許権者の延長出願を認めたのは、延長を求める権利があるからではなくして、法が前記特許権存続期間延長制度の趣旨に基ずき、行政廳に対して特許権者に利益を與えうる権限を認めたことの反射にほかならない。そして行政廳が国民に対して單に利益を與えるにすぎない処分は当該行政廳の自由裁量に委ねられたものというべきであるから、特許権存続期間延長の出願に対する被告の処分は自由裁量処分であるといわなければならない。

(ハ)  特許法施行令第一條は、特許権存続期間延長出願をなしうる者について、「重要な発明の特許権者である」こと及び「特許権存続期間内にその発明より生ずべき相当の利益を正当な事由により得られなかつた」ことを資格要件としている。この要件のうち後者は社会観念によつて律せられるべき客観的な事実であるから、裁判所の事後審査に服さねばならないけれども、前者の「重要な発明」であるかどうかは、延長出願のなされた時及び処によつて判断がちがつてくる價値概念であつて、発明自体の性質、内容と当時の社会状勢及び産業技術界の状勢との相関々係から決定されなければならない。即ち、前述したように、発明自体の有する價値と国家産業行政目的からみた價値との綜合的見地から判断されなければならないのである。從つてかかる價値判断は、発明に関する全般的知識と産業行政全体に対する廣汎な見識、即ち行政的專門知識とを前提としてのみ可能である。そこで法もまたこのような審査なすべき審査員として通商産業省の次官、各局長をあてているのである。このような價値判断は裁判所の事後審査には適しないといわなければならない。

仮にこの「重要な発明」であるか否かの判断も裁判所の判断に服すべきものとしても、前記二要件は、特許権存続延長出願についての要件であつて、延長許可の要件ではない。同條は、右要件を具えた者は延長を出願することができると明示し、右要件を具えた者に対しては延長許可を與えるという風には規定していない。從つて被告は右要件を具えた出願はこれを受理すべきであり、又右要件を具えない出願に対して延長の許可を與えてはならない、という意味において、その拘束を受けるにとどまり、右要件を具えた出願に対しては延長許可を與えなければならないという拘束を受けるわけではない。即ち被告は右要件を具えた出願に対して前述した特許権存続期間延長制度の趣旨に則り、産業行政的見地から、自由な判断にもとずいて可否の決定をすることができるのである。それ故特許権存続期間延長の出願を受理するか否かの処分及び許可処分をするについては施行令第一條の規定に覊束されるけれども、不許可処分自体は被告の自由裁量処分である。

以上いづれの根拠からみても、本件被告の処分は被告の自由裁量に委ねられた処分であるといわなければならない。そして行政廳の自由裁量処分については違法の問題は生じないのであり、從つて国民からその取消、変更を求めて裁判所に出訴することは許されていないのであるから、本件は裁判所の裁判権に服さない訴であつて、却下を免がれない。

かように述べた。

そして、本案に対しては、主文と同旨の判決を求め、次のように述べた。

原告主張のとおり、特許第一〇〇八六八号緯條併列裝置について、特許の出願、出願の公告、特許のあつたこと、右特許権の存続期間延長の出願及びこれに対する延長不許可決定がなされたことは認めるが、原告が右特許権存続期間内に正当の事由によつてその発明から相当の利益を得ることができなかつたということ及び右特許発明が「重要な発明」であるということは否認する。特に右特許発明については、原告の主張する長所は、いずれも根拠がない。即ち、

(一)  被告の前記決定に引用してある特許第九七六一三号は、叩打作用を利用して緯條を整列させるものであるが、そのV字状緯條導溝と叩打片の打面形状とを藁條に適するように調整又は設計することができるから、そのようにすれば藁條の併列をも支障なく行うことができ、原告主張のような藁條のはかまが引かかるというごとき欠点はない。

(二)  九州地方産の藺條が仮りに軟質で細いとしても、前記引用の特許発明の叩打片の打面の形状を変更したり叩打片の左右遙動の速さを低滅するなど容易になしうる技術的措置を講ずれば、叩打片の打面が藺條を圧する力を減らすことができるから、軟質の藺條を扁平に変形させることを防止することができる。又藺條の入る導溝の間隙は如何ようにも調整することができるから、細い藺條でも支障なく併列でき、二本取りの欠点を防ぐことができる。並みはづれた太い藺條が導溝を通過することの困難であることは引用の特許発明でも原告の特許発明でも同様であるが、引用の特許発明によれば、太い藺條は他の藺條より特に強く叩打片から圧迫されるため扁平となり易く、從つて太い藺條で導溝が塞がるおそれは、原告の特許発明によるよりも少い位である。それ故引用の特許発明による製品の質が低下するということはないのである。

(三)  被告引用の特許発明の出願の際に提出された明細書及び図面は、緯條併列裝置の外に緯條摘出裝置及びこれらの傳動裝置をも含んだ断片織機用緯條供給裝置全体に関して記載しているから、その構造は一見復雜に見えるに反し、原告の特許発明に関する明細書及び図面には緯條併列裝置だけしか記載してないので、その構造が簡單らしく思はれるが、両者の裝置は全体としてみれば、その構造は大同小異である。両者の緯條並列裝置の構造を、明細書に記載された実施例で比べてみれば、却つて原告の特許発明の方が構造復雜であるということができるし、從つてその製作に要する資材は余分になるといわなければならない。

(四)  前記(一)(二)に述べたように、被告引用の特許発明の叩打片の打面で圧する力を緯條に適するように加減し、導溝の間隙を緯條に相應するように調整しさえすれば、引用特許発明でも、九州地方産の軟質で細い藺條や藁條を容易に併列させることができるから、疊表、花莚、藁莚の製造に使用することができ、特に原告の特許発明に頼る必要はない。

以上述べたごとく、原告の特許発明は、被告引用の特許発明に比べて、特に秀れた発明とみることはできないのであるから、被告が本件特許発明を「重要な発明」でないとして、原告の特許権存続期間延長出願に対して不許可の決定をしたのは、適法な処分である。從つて原告の本訴請求は理由がない。

かように述べた。

そして甲号各証が眞正にできたことを認めた。

三、理  由

原告主張のとおり、特許第一〇〇八六八号緯糸併列裝置について、特許の出願、出願の公告、特許のあつたこと、右特許権の存続期間延長の出願及びこれに対する延長不許可の決定があつたことは、当事者間に爭いがない。

被告は、特許権はその法定の存続期間を経過することにより絶対的に消滅し、仮りに適法な存続期間延長の出願があつても、存続期間内に延長許可の決定がなされない限りは、如何なる事由によつても復活することはない、從つて存続期間満了後に、裁判所に出訴して不許可決定の取消を受けることは無意味であり、原告は訴提起につき利益をもつていない、と主張する。しかしかかる見解をとるならば、原告も主張しているように適法な存続期間延長出願があつたのに、被告が故意、懈怠又はその他の事由で存続期間内に決定を與えなかつたことによつて、出願者の立場は全く無視されてしまうことになる。かような結果を導き出す考え方は果して正当であろうか。特許法施行令第二條は、單に存続期間延長の出願を存続期間満了前六カ月乃至一年にすべきことを規定しているにとどまり、他に存続期間満了前に許否の決定をすべきこと、或は存続期間満了前に許可決定がなかつたときは、許可しないものとみなすというような趣旨のあらわれている規定はない。又存続期間延長の出願に対する決定も一般の行政処分と同じく確定力をもつものではなく、被告は一度不許可の決定をしても、後に(たとえ存続期間満了後であつても)これを撤回して、改めて許可処分をすることが可能であり、そしてかように存続期間満了後に延長許可決定が與えられた場合には、存続期間満了とともに一旦消滅した特許権は満了の日に遡つて存続期間が延長されたとみるのが相当である。(この点については後に再論する)しかりとすれば、被告の主張する根拠に基ずいて本訴を不適法であるとすることはやはり無理である。

しかし被告は更に、特許権存続期間延長の出願に対する決定は、被告の自由裁量に委ねられた処分であると主張するから、この点について判断を與える。

この問題は特許制度の本質にまでさかのぼつて檢討しなければならない。

特許権は新規な発明をした者に與えられる私法上の財産権であり、法はその権利の行使について強力な独占権を與えて発明者の利益を保護し、もつて発明の奬励、産業技術水準の向上促進を意図している。発明の奬励を通じての産業技術の進歩こそ、特許権という強力な財産権を法が認めた究局の目的であるが、新規な工業的発明であれば原則として産業技術の進歩に貢献することができるのであるから、発明奬励の目的と産業技術向上の目的とは、ほぼ一致しているということができる。ところで発明の奬励は全ての国民に対して等しく向けられ、特許権の取得は国民すべてに等しくかつ常に開放されていなければならない。それ故に特許法第一條は「新規ナル工業的発明ヲ爲シタル者ハ其ノ発明ニ付特許ヲ受クルコトヲ得」と規定し、新規な発明をした者に特許を請求する公法上の請求権を與えている。

しかしながら一旦特許権が與えられると、それは強力な私法上の独占的財産権となるのであるから、社会一般はその発明の利用を著しく制限され、営業活動上不利益をこうむることになる。

そこで特許権が無期限に存続するということであれば、相当の年月の経過によつて新規であつた発明も新規ではなくなり、社会一般の常識的知識となつているにも拘わらず、なおこれを自由に利用することができないという結果を生じ、社会の受ける不利益は甚だしく、かつ産業技術水準の向上を阻害し、特許権を認めた趣旨を沒却するに至るのである。從つて特許権の存続は、発明者の利益の保護による発明奬励という目的と社会一般の利益及び産業技術の進歩という目的とが矛盾するに至らない限度においてこれを認めることが、必要欠くべからざることである。そこで法は特許権の存続期間に一定の制限を設け、両目的の調和をはかつた。即ち、特許法第四十三條第一項は「特許権ノ存続期間ハヽヽヽヽ十五年ヲ以テ終了ス」と規定し、特許権を十五年間で消滅させることにしている。

このように特許権を確定期間をもつて消滅させることは、特許制度そのものから必然的に出てくる原則であるが、時にはこの原則で一律的に処理することが適当でないことがある。何故ならば、右十五年の存続期間は、通常の特許権について、発明者の利益の保護と社会一般の利益の確保はここにおいて調和させるのが相当であると概括的に考えて、一律に設けざるをえなかつた期間であるが、本來特許権はその性質應用において各種各様であり、この各種各様の特許権に対しては、それぞれ相應の存続期間を設けることが理想であり、これを一律に十五年の期間で律しては実状にそわぬ場合がおこることを免れないからである。

即ち特殊な特許権、例えばその発明が極めて秀れているにも拘らず十五年間その價値を認められず、特許権が消滅するころになつてはじめて社会の注目を浴び、利用しはじめられたというような事情によつて、特許権者は少しも独占権の実質的効果を受けることができなかつたというような場合にも、等しく十五年間の期間でその特許権を消滅させることは、発明者に対して極めて気の毒であるのみならず、ひいては発明えの意欲を喪失させ、秀れた発明の奬励という目的をも破壞することになるであろう。そこで法は特許権の存続期間を例外的に延長することができる制度を設けたのである。しかし、いうまでもなく、存続期間の延長は必然的に社会一般の利益を害するのであるから、発明者個人の利益保護と社会一般の利益保護とは、存続期間延長の問題において、衡突をすることになる。從つて特許権存続期間の延長は、その当面の目的を特殊の特許権者に利益を與えるというところにおきながら、やはりこれによつて蒙る社会一般の不利益を放置してまで延長を許すことが産業技術の進歩に貢献する所以であると判断される場合にのみ許される制度である、と考えなければならない。

かくて、特許法第四十三條第五項の「特許権ノ存続期間ハ政令ノ定ムル所ニ依リ三年以上十年以下之ヲ延長スルコトヲ得」という規定及び同法施行令第一條の「重要ナ発明ノ特許権者ガ正当ノ事由ニ依リ其ノ特許権ノ存続期間内ニ其ノ発明ヨリ生スヘキ相当ノ利益ヲ得ルコト能ハサル場合ニ於テハ其ノ存続期間ノ延長ヲ出願スルコトヲ得」という規定は、その法文の形式及び前記立法の趣旨に照して次の通り解釈することができる。特許権存続期間の延長については、特許の場合に「特許ヲ受クルコトヲ得」として特許請求権を発明者に與えているに反し、特許権を一應十五年をもつて消滅させ、ただ特別の場合、即ち社会一般に一時的不利益を與えても特許権者に存続期間の延長という利益を新たに與えることが結局産業技術の進歩に貢献する所以であると国家が判断する場合に、国家は特許権者のために「特許権ノ存続期間ヲ延長スルコトヲ得」るとし、特許権者に存続期間延長を求める権利を與えることまではしなかつた。しかし国家としては何人にかかる利益を與えてよいかを多数の特許権者の中から選び出すことは到底できないから、法令の規定する要件を具えていると信ずる特許権者に「存続期間ノ延長ヲ出願スルコトヲ得」させて、その出願者について個々に存続期間延長の利益を與えるべきか否かを判断することにした。かように考えるのが相当である。

してみると、特許権存続期間延長の出願に対する許可の決定は、存続期間の満了によつて特許権を喪失すべき(或は喪失した)出願者に新たに許可された期間だけ特許権を存続させる(期間満了後の場合はさかのぼつて)処分であり、そして不許可決定は、出願者の既存の特許権を消滅させるのではなく(既存の特許権は存続期間の満了によつて当然に消滅するのであるから)、單に出願者に新たに利益を與えないことを表示する処分であるにすぎないということになる。

ところで施行令第一條は「重要ナ発明ノ特許権者」が「正当ノ事由ニ依リ相当ノ利益ヲ得ルコト能ハサル場合」に、「存続期間ノ延長ヲ出願スルコトヲ得」るというふうに規定している。これはどう解すべきであろうか。ここにいう「重要ナ発明」とは原告の主張するように、「公益上必要ナ発明」とは意義を異にして、科学技術的に秀れ産業上裨益するところ大なる発明の意味であり、科学的評價と社会的観念によつて規定される概念であるとするのが相当であるから、「正当ノ事由ニ依リ相当ノ利益ヲ得ルコト能ハサル場合」であるか否かの判断と同じく、裁判所の事後審査に服すべき要件であるといわなければならない。してみると、特許権存続期間延長出願に対し行政廳が決定を與えるに際してなさるべき右二要件の判断については、同條の覊束を受けるものといわざるを得ない。しかしながら、同條の規定の体裁からもわかるように、右要件は延長出願のための要件であり、延長出願に対する決定をするについての要件ではない。即ち特許権者が延長出願をするには右要件の具備することが必要であり、右要件を具備していない出願に対しては、被告は、延長許可を與えてはならない。かような意味で被告は法の規定する右要件に覊束されているというべきであり、從つて右要件を具えていない出願に対して延長許可を與えることは、違法である。これに対して右要件を具えている出願に対して常に延長を許可しなければならないかどうかは、同條の規定からは直ちには出てこないのであつて、これは特許権存続期間延長制度の趣旨に照して、解決しなければならないことである。

さて特許権存続期間延長制度の趣旨を前記のように理解すべきものとすると、右要件を具えた出願があつた場合には、被告は、存続期間延長という特典を與えその個人的利益を保護することが一時的に受ける社会一般の不利益を放置しても、産業技術の進歩という見地から適当であるか否かを、その特許行政、産業行政上の立場から判断した上で、許否決定すべきであり、從つて右要件を具えた出願に対して、被告は延長を許可しなければならないという意味の拘束は受けない、と考えるのが相当である。これは、あたかも訴願法第八條第三項の「行政廳ニ於テ恕スベキ事由アリト認ムルトキハ期限経過後ニ於テモ仍之(訴願)ヲ受理スルコトヲ得」という規定の解釈として「宥恕スヘキ事由」の有無についての判断は法の覊束を受けるが、宥恕すべき事由があつても期限経過後の訴願を受理しなければならないものではなく、行政廳は行政上の立場からする自由な判断のもとに受理するか否かを決定することができると考えるのと、同じ趣旨である。

以上述べたところから出てくる結論は、特許権存続期間延長出願に対する被告の不許可決定は、国家の産業行政、特許行政上の見地から、自由な判断にもとずいてすべきいわゆる自由裁量処分である、ということである。

なお特許法施行令第五條第二項は、延長出願に対する「許否決定ニハ理由ヲ附スベシ」と規定している。行政処分に理由をつけさせる目的は出願者及び一般社会を納得させるにある。理由をつけた決定は、社会の評價に服するのである。しかしこのことを以て直ちに、理由をつけることを要する処分は常に覊束的な処分であるということはできない。自由裁量に委ねられた処分といえども法治国家の行政行爲である以上、無制限な自由――恣意に出ることが許されるものではなく、それは個々の法規の執行に当り、何が適切妥当であるかの判断について裁量が認められているにすぎず、その判断が適切妥当であることは常に要請されているのであるから、行政廳は法の精神及び国家の行政上の目的に導かれて、いかなる処分が出願者に対し公正、平等であり、社会の福祉を増進するに最も適当であるかを判断して処分をしなければならない。從つて、自由裁量処分について理由をつけることは無意味ではなく、それは処分廳に対しては、公正、妥当な処分をするために細心の熟慮をさせる効果をもち、他方出願者及び一般社会に対しては、処分の結果を納得させ、もつて国家行政への信頼を高めさせるはたらきをもつものである。右施行令第五條第二項があることは、右不許可決定を自由裁量処分であると考える妨げにはならない。

行政廳の自由裁量処分については、何が適切妥当であるかの判断が行政廳に委ねられているのであるから、行政廳が適切妥当であると判断してした処分については、それが眞に適切妥当であつたか否かの問題は生じるが、適切妥当でないからといつて一般的には違法となることはない。

本件において、原告の特許権存続期間延長の出願に対して、被告(当時の商工大臣水谷長三郎)は、「本件特許発明と同一の目的のもの(特許第九七六一三号)が他にも発明されており、これに比べて本件特許発明が格別優秀なものとは認め難いのみならず、特許第九七六一三号も今尚廣く実用に供されている実状からみて、本件特許発明を重要な発明と認めることはできない。」という理由で延長を許可しない旨の決定をした。

前記のように、「重要な発明」であることは、延長出願のための一要件であり(その認定は法の覊束を受ける)、この要件を具備していない出願に対しては、延長許可を與えてはならないのであるが、他面、この要件を具備した出願に対しても、被告は、国家行政上の見地から、延長不許可の決定をすることができるのである。

被告のした右延長不許可決定が、重要な発明であることを出願の要件として解してなされたものであるかどうか必ずしも明かではないが、その理由において本件特許発明を特許第九七六一三号と対比し、後者の実施状況との関連において本件特許発明を重要な発明と認めることはできない、といつているところをみれば、被告は、原告の出願の許否を決するについて、特許行政、産業行政上の考慮を拂つたことを看取することができる。

したがつて、かりに本件特許発明が重要な発明であるとしても、本件不許可決定を直ちに違法であるとすることはできない。(本件特許発明が重要な発明でないならば、原告は延長出願の要件を欠くものであつて、本件不許可決定の取消を求める利益を有しない。)

しかしながら、前記のように自由裁量処分といえども法の目的に從つてなさるべきであり、行政廳の恣意によつて法の目的に反する処分をすることは許されないのであるから、その裁量の範囲には自ら限界がある。かかる裁量の限界を超え、法の目的に反することの顕著な処分は当、不当の問題を出でて違法の問題となると解すべきである。

ところで本件においては、原告は、被告の本件決定が前記裁量の限界を超え、法の目的に反してなされたことを示すに足りるような主張をしていないし、又全訴訟資料によつてもそのような事跡を認めることができない。

結局本件不許可決定は、その当、不当について爭うことができるとしても、これを違法な処分であるとすることはできない。

被告は、行政廳の自由裁量処分については裁判所に裁判権がないから、本件訴は却下すべきであるというが、前記のように自由裁量処分でも法の目的に反することが明白な場合には違法となるのであり、ただ裁判所は処分の当、不当の領域に立入り、不当であるから取消すというようなことはできないというにすぎないから、行政処分が自由裁量処分であるということをもつて、直ちに、裁判所に裁判権がない、即ち訴訟條件を欠くとすることはできない。裁判所は、当該処分が自由裁量処分であり、かつ裁量の限界を超えていない場合には、その処分は「違法でない」、從つて原告の請求は理由がないとすべきである。

被告の本件決定はさきに詳述したとおり違法ではないから、その違法であることを理由とする本訴請求は、失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一條、民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 新村義廣 守屋美孝 西村宏一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!